第30話 出前
2009.07.12
今年もG8サミットが開催されている。
昨年は北海道洞爺湖サミットで北海道各地がお祭りムードだった。たった一年前の出来事なのに、なにか10年も前のような気がする。
一年前のちょうどこの時期、当社でもG8参加国のうち2カ国からお仕事を頂戴し24時間の臨戦態勢で緊張の日々を送っていた。大使館や大統領警護局は3週間も前から専用機で大量の人員を札幌に投入し、移送、宿泊、ケータリング、各部局専用会議室と通信設備の設置に警備計画。大統領専用車も専用機で3台が空輸されてきた。サミット初日には千歳空港での大統領専用機の到着から始まり、毎日が修羅場だった・・・・今でも時々うなされる。
どこの国だったかは記憶にないが、忘れられないロジスティックスがあった。
「大統領府直轄緊急事案」
その日私は空港にいた。洞爺湖サミットの最終日だった、大統領専用機を離陸させればまずは一段落!と半年間に及んだ長かったサミット業務を振り返りながら、その終盤戦を千歳空港のスポット(駐機場)で迎えていた。
朝から当該機の出発準備を見守っていた時だった。携帯電話が鳴った。大使館のロジ担当参事官からの着信。直感で「なにかが来た。」と身構えた。
「ハイ!ゴルゴです。」
ゴルゴさん!大使館の△△△参事官です。大統領府直轄の緊急事案です!移動中の警護局長からの至急報です。」
「エー、この出発直前にー!? ナニが起こったですか?」
参事官は若干上ずった声ながらも厳かにはっきりと言った、
「札幌のナンバーワン寿しレストランはドコデスカ?」
「へっ???」
「大至急に、大統領専用機に札幌のナンバーワン寿しレストランのナンバーワン寿し10人前を搭載しなければなりません。大統領直々の命令です。」「もちろん!専用機の出発を遅らせるわけにはいきません!」
私は「このタイミングで~!? 千歳市内の寿司屋さんじゃダメ?」
「もしその場合は、専用機が母国空港に着いたと同時に私は失職しているでしょう。ゴルゴさんのせいで! そのことはゴルゴさんもよくワカッテイルハズです!」
「そんな馬鹿な~・・・。でもあり得るネ。」
「だけど、すし屋の出前は空港に入れないし、うちの社のスタッフ使って運ばせても市内中心部からだと1時間以上かかる。今日の千歳の厳戒態勢を考えれば倍以上の時間を見積もらないと・・、外部からのケータリングには更に時間がかかる。」
参事官は落ち着き払って言った。

「ワカリマシタ!札幌配置の大使館の公用車はどうでしょう。高速使えば15分です。」さすがに15分は無理と思ったが、あながち不可能ではないと私もすぐに同意した。
すぐに札幌のナンバーワン寿しレストランに電話した。
「特上10人前大至急―!すぐに○○○大使館の黒塗りが行くから積んでやってー。」
大使館ナンバーのフルサイズの黒塗りがスポットにぶっ飛んできた。(15分は無理だったが、それでも信じられない時間だった。)滑走路上の専用機タラップに横付けして大使館員が何やらデカイ包みを大急ぎで運びこんだ。空港警備の道警も大統領専用機のクルーも「何事か!」と注視していた。
参事官もスポットまで見送りに来ていた。(この時何が搭載されたのかを知っていたのは当時私、参事官そして公用車の大使館員だけだった。)
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2カ国の大使館を通じて
日本国外務省から発行された
ものです。一人で2カ国、
そしてエアポートパス2枚持ってるのは珍しいんですよ!(結構自慢♪)
「間に合った~。」と二人で顔を見合わせて、ニッ!
ほどなくして、警察車両に先導されて大統領の車列がやってきた。大使、領事、警護局…多くの関係者の見送りを受けて大統領は機上の人となった。にこやかな笑顔が印象的だった。
ブロックアウトする専用機を見つめながら参事官は独り言をいった。「この瞬間が一番ウレシイ・・・。」私も離陸する専用機をボーっと見つめ「わかる気がする・・・・。」と応えていた。
世界最速の出前!距離と時間から計算して多分高速道路は180km以上だろう。大国の権力者の力の一部を垣間見た気がした。大統領って恐るべし!
今年の開催地はイタリア。多分最終日には「ナンバーワン ピザレストランはドコデスカ!」の緊急事案が発生していることであろう。
あっ、そういえば寿し桶。どうしたんだっけ~。